日本型裁判官の憂鬱

Allium2006-12-14

ウィニー事件に寄せて(友達の日記に書いてあったので俺も。)

全く、法律のことなんか知らない俺ですが、今回の事件は「あんまし罪っぽくないけど、世間的に罰与えないといけないから、罰金150万円で。」って、感じっぽいですね。

俺の個人的な感覚でいえば、アメリカの裁判官って、サッカーの審判って感じ。弁護士と検察が陪審員っていう得点を取り合うゲームの審判で、「あ、それファール」とか「それはアドバンテージ」とか言うのが仕事なだけで、結果は関係ないっていうスタンスじゃないかと思います。
一方、日本の裁判官って、蓄積された判例っていうデータと弁護士と検事が出してきたデータを法律っていうプログラムで処理して結果をだすマシーンを目指してていたと思います。でも、最近、言われるわけです、一般人の感情とずれてるとか、でも、それは機械であろうとした裁判官的にはしょうがないとも思います。だって、プログラムが古いんだもん。でも、確かに、この事件でこの刑は無いだろうっていうのはいっぱいあって、きっと、裁判官も感じてると思う。で、そのギャップを埋めるため、近々、人の心システムとして日本型裁判官にも陪審員が導入されるようです。きっと、今回の事件もその過渡期によるものじゃないかと*1。この陪審員制が、世の中にどう影響するかは分かんないけど、少なくとも、このシステムの導入で、日本の裁判官のジレンマが減るといいと思います。


はやく『PLUTO』終わんないかなー。終わったら読もうと思ってるので

*1:ただ、日本の司法がネットのことに関して無知なだけかもしれないけど